開発部のコラム 2 (2004. 11. 8)

当社は「アナログもまだ極め尽されていません」を合言葉に、アナログディスク愛好家向けに無共振・無振動構造のMCカートリッジModel P−1に続いて、MCステップアップ・トランス Model T−1を開発・発売して来ました。今回フォノ・アンプEA−1を開発いたしましたので、紹介させていただきます。


本機の特徴

本機は真空管SRPP(シャント・レギュレーテッド・プッシュプル)ユニットアンプによる無帰還CR型イコライザ・アンプに、前記のMCステップアップ・トランスを組み合わせ、構成しています。それぞれは過去に実績のある構成要素とはいえ、決して回顧的な設計ではなく、最新の考えに基づいた新たな設計手法で商品化したものです。
 さて、フォノ・アンプに求められる基本的特性は、
 (1) 高い電圧利得:MMカートリッ対応で60dB (20Hz)の電圧利得が必要
 (2) 正確なイコライジングの実現
 (3) 充分なS/Nの確保
になると思います。現代のOPアンプの中にはこれらの要求を満たすものが存在しますが、音質面では必ずしもアナログ・ディスク愛好家の要求に応えていないのが現状です。 そこでEA-1開発に当っては各種の増幅方式を実験評価し、最終的に真空管によるCR無帰還型イコライザ・アンプを採用しました。

帰還増幅器の問題点
ご存知のように帰還型アンプ(第1図)では帰還量に比例して入出力特性が帰還回路の伝達特性の逆数に収斂してゆきます。多くの場合、帰還回路は受動素子で構成されますから、帰還後の伝達特性は受動部品のレベルに近づくわけで、いわゆる特性の改善が果たされるわけです。
このことが効率性、安定性が求められる今日の工業製品にとって欠くことの無い技術とされるゆえんでもあります。
          第1図  帰還アンプの構成 

しかし、この帰還増幅器の内部動作に目を転じますと、帰還前に存在したひずみD(直線、非線形ひずみを含む)は帰還により消滅したわけではなく、 ―Dというひずみが帰還により初段回路で生成され、Dを発生する後段の回路に加算されることで相殺され、見かけ上、出力に現れていない状態なのです。

さらに、増幅器の周波数帯域には限界がありますから、このために帰還がかからない帯域がかならず生じます(この境界にあたる周波数をゲイン交点周波数と呼ぶ)。この帰還がかからない帯域成分を含んだ信号が入力した場合、振幅レベルによっては帰還の演算作用を行う初段回路や大振幅を扱う電圧増幅段が過負荷となり、クリップを生じ、帰還が成立しなくなる事が指摘されます。

20数年前にこの現象をTIMひずみ(Transient InterModulation)と名付け、スルー・レートなる帰還アンプの評価概念が登場したことをご記憶の読者のかたもおられると思います。

また、ゲイン交点周波数と充分に帰還がかかっている周波数帯域との間は連続的に変化しており、増幅器各段の入力信号のパワー・スペクトラムは(第2図)のように 高域成分が強調された微分波形に近づきます。このことは各段の動作点、言い換えると電源電流の高域成分が強調されたパワースペクトラムになることを示唆しています。
                第2図  帰還アンプの内部応答    

こうして高帰還型増幅器ではインパルス的な内部応答波形が飛びかうこととなり、電源回路の高周波特性に敏感になったり、低域と高域の同一応答性に問題を生じていました。
また、帰還回路でRIAA等価を行う場合、可聴帯域内の帰還量を一定に保つことは困難です。 (第3図) 帰還型イコライザーアンプではオーディオ帯域で40dB近いゲイン差を与えねばならず、低域高域での帰還量の差は大きく、内部応答波形は出力波形と大きく異なり、これが帰還型イコライザーアンプの音質を特徴付けていると推察いたしました。


次にフォノアンプに接続されるカートリッジは現在、コイルの発電によるものが大半であり、Qの高い発電コイルを持つカートリッジとの組み合わせにおいても安定度を確保しなくてはなりません。特にTr型の高帰還アンプでは、信号源であるこのQの高い回路が帰還の安定性に影響を与え、帰還設計に制約を与えます。 一般的には、入力回路にLPFフィルターを設けて制動を行う必要がありました。(第4図)
         

                                    第4図  カートリッジ実験時の帰還回路

このためフォノアンプの入力インピーダンスは容量性となり、カートリッジ・コイルのL分により、右の写真のように、高域でピークを生じていました。
上記の問題は、本機のような無帰還アンプでは原理的に発生しないことになります。 但し無帰還アンプの弱点は、能動素子の特性がそのまま伝達特性に現れてくることで、また、能動素子が従属に接続された場合はそれらの積の形で特性が決定されるため、特性や安定性への素子感度が高く、慎重な設計が求められます。
                  

基本設計方針

各増幅段に電流帰還をかけて半導体による無帰還(この場合はメジャーループレス)アンプが過去商品化されましたが、本機では以下の観点より、能動素子として真空管を採用しました。

(1) 高リニアリティと高安定度の確保
 真空管は半導体に比べ高電源電圧動作が基本であり、出力信号の振幅に対し、充分な電源電圧比が確保されます。
 真空管では信号レベルに依存した能動素子の可変パラメーターはパービアンス特性(3/2乗特性)が主体でありますが、半導体では電圧依存の空乏層による容量成分でコレクター・ベース間容量Cobの変化が変化します。このインピーダンスは当然周波数に依存し(第5図)、別の周波数依存型の可変パラメーターを有することになります。 そして、これは音質を悪化させるもの、とされてきました。
   第5図  Cobの変化特性

なお、半導体アンプでは出力電圧波形のクリップ直近で発振現象が観測されるケースがあります。これは瞬間的にせよ、回路動作が正帰還領域に入っていることで、このような帰還設計の半導体アンプは概して高音域に強調感、ひずみ感を感じさせるものが多いようです。
本機の回路構成を(第6図)に示します。(クリックで拡大)



真空管によるSRPP回路をユニットアンプとして採用しました。 このユニットアンプ2段の間にCRネットワークを挿入してRIAA等価補正を行い、終段はカソード・フォロアで低出力インピーダンスに変換し、外部へ出力する構成になっています。 RIAA偏差特性とひずみ率特性を(第7、8図)に示します。

           


使用真空管はオーディオ管として実績のある12AX7A、12AT7、12AU7を適宜使い分けました。
フレームグリッド管は開発年代が新しく、高Gm、低内部抵抗を活かした低電圧、大電流動作に適していますが、今回はカソード・ヒーター間のインピーダンス特性、音質検証を含め、採用しませんでした。
ユニットアンプをSRPPとした理由は、擬似的なA級プッシュプル動作を行い電源に対する攻撃性が少ないことが主な理由です。

(2)時間ひずみの排除と動的S/Nの確保

ジッタと称しデジタルオーディオで一躍有名になったこの概念はアナログオーディオでも有効です。 アナログ信号は正に時間と振幅の2次元の世界で定義される信号ですから、振幅領域の非線形歪に加え時間歪の発生を避けるべきでしょう。 時間歪の大きいアンプは概して躍動感に欠けスクラッチノイズが目立つ等、動的S/Nの悪化を生じます。
時間歪を構成する要素は機構系、電気系に分類出来ます。 本機では
(1) ユニットアンプの低域特性を適切なスタガリングで管理
(2) 極力段数を減らしたリップルフィルターにより増幅段間に電源時定数を持たぬよう一括して給電
(3) 剛性の高いシャシー構造により振動の伝播を押さえ相互干渉を軽減
(4) RIAA等価用CRネットワークは5mm圧ベーク板に立てられ振動モードの一元化を実現
(5) アース構造の見直し 等により時間歪の発生を軽減する対策を施しました。

(3)アース構造

アースが信号の基準点となる不平衡型アンプでは、アース構造の吟味が重要です。アースに流れる電流の種類は
(1) シャーシ・フレーム間を流れるコモンモードのアース電流
(2) 信号電流と対になるアース
(3) 電源コンデンサーに流れるアース電流
(4) アクセサリー回路を流れるアース電流
(5) ストレー容量によるアース電流
等に分類でき、信号とこれらの電流との親和性と共通インピーダンスを考慮して、アース構造を決定しています。本機では不平衡型回路ですが、デュアルモノラル構造により、理想に近いアース構造が実現できました。

(4)MCカートリッジへの対応

現在ハイエンドアナログの主流である低インピーダンス型MCカートリッジの出力電圧は0.15〜0.5mVと低く、良好なS/Nを確保するには、真空管による増幅はあまり現実的ではありません。その為、一昨年商品化した低インピーダンス型MCカートリッジ用トランスT-1を組み込むことにいたしました。当社開発・製造によるこのトランスは、

@. 「78%スーパーパーマロイコア材」による大型EIコアに0.32φの低損失極太銅線を巻き上げることにより、低域リニアリティを確保:従来比-6dBの低ひずみ率
A 高効率昇圧(低損失)  :従来比50%の伝送損失
B 特殊分割多層巻線構造による広帯域特性と立ち上がり特性の実現などの優れた特性を達成したものです。

トランスの特性として、バンドパスフィルター効果による不要信号の除去効果などが挙げられていますが、外部より電力の供給を受けずにインピーダンス変換により昇圧するメカニズムが、特に発電効率の高い低インピーダンス型MCカートリッジとの相性が良いのかもしれません。この点本機のステップアップトランスは伝送効率が高く、その音質メリットが大いに活かされています。
1次巻線の直流抵抗は2Ω以下で熱雑音発生も低くなっています。 熱雑音電圧はen=√(4KTRΔf)で表されますが、RIAAイコライザーアンプのΔfはS/N測定用の聴感補正曲線(Aカーブ)を含めて3.6kHzなので、このトランスの入力換算熱雑音レベルはー160dBVとなります。
最終的に、本機では初段管の選別、動作点設定などを吟味し、MC入力時に等価入力換算雑音レベルー150dBVを達成しています。
なお、トランスの使用上の注意としては、2次側の出力インピーダンスが誘導性で上昇するので、低容量信号ケーブルでフォノアンプに信号を伝達すべきです。本機ではトランスは同一筐体中に組み込まれており、わずか17cmの信号ケーブルでフォノアンプへの確実な接続を可能にしました。

相互干渉の低減 をめざす

本機の電圧利得はアンプ部で38dB、MCステップアップトランスで27dB(1KHz)に設定されています。すなわち1KHzでの電圧利得として、66dB(2000倍)近い値が必要となり、低域ではさらに+20dB近くの電圧利得が必要となります。オーディオ全帯域に渡り100dB以上のチャンネル間クロストークを確保しようとすれば、異なるチャンネルの入出力間結合をー186dB以下に抑えることが理論上必要であり、慎重なコンストラクション設計が求められます。
アナログディスクのチャンネル間クロストークはカートリッジ出力でせいぜい30dBに過ぎないのに、なぜこのようにチャンネル間クロストークを確保するかといいますと、この特性はアンプ内部で発生する相互干渉のバロメーターとして、聴感に相関のある数少ない物理特性のひとつに位置づけられているからです。

(1) コンストラクション

最初の入力ステージであるステップアップトランスについては、アンプ部からの電気的な影響や不要振動が伝わらないように、機能ブロックごとに7個のブロックに分離して相互干渉を極小にし、電気的機構的に独立したレイアウト構造としています。
また左右完全対称にレイアウトし、チャンネル間セパレーションはオーディオ全帯域にわたり100dBを超えています。

(2) メカニカルアース

左右独立電源トランスとステップアップトランスは、それぞれ専用の制振性に優れたハイカーボン鋳鉄製フットで支えられ、電源トランス等の振動を受けぬよう3方位に対し0.5mmのクリアランスを持っており、有害な振動がシャーシに伝播することを防いでいます。

(3) 無振動・無共振シャーシ

12mm厚アルミ削り出しフロントパネル、5mm厚のシャーシベースとトッププレートで構成された強靭なシャーシに加え、15mm厚無垢の楢材によるサイドパネルにより共振を効果的にダンピングしています。 RIAA等価用CRフィルター群は5mm圧ベーク板に立てられたスタッド端子に強固に固定されています。

(4) ローノイズ設計の整流回路

アンプの整流回路には、原理的にスイッチングノイズの発生しない整流管とチョークによる贅沢な整流回路を採用しています。
電源トランス、チョークコイルは、5mm厚ベーク版を介してシャーシにコア1点アースで取り付けられており、アルミシャーシに電磁誘導を起こさぬよう配慮しています。

(5) シンプルな信号伝達


 フォノアンプに求められる必要機能に絞り込み、一切余分な接点を通過せず、信号の純度を守りました。信号経路にはプリント配線を使用せず、最短距離を手間のかかる手配線で接続することにより、理想的な3次元部品配置を実現しています。

IT技術の急速な進展により、マスマーケットにおいては音楽の楽しみ方が大きく変わってきました。音楽という抽象性を持った対象を扱うオーディオの世界では、利便性だけで捉えることの出来ないパッケージメディアの魅力がアナログディスクにあります。
 ハイエンドオーディオの真髄ともいえるこの価値観を、我々は今後とも大切にして行くつもりです。